節分の意味、由来は?恵方巻き、豆まきの意味は?春夏秋冬?イワシ?

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節分の意味、由来は?恵方巻き、豆まきの意味は?春夏秋冬?イワシ?

 

冬のある日、家の前の通りに何やら小さな粒状の物がたくさん落ちているのを見て、

何だろうと思ったその数日後、その小さな粒状の物の正体が、豆まきで使われる大豆だという事に気づいたのは、

大きな神社で力士やタレントの方が節分の豆まきをしているテレビ中継を見た事がきっかけでした。

すぐにはわからないぐらい、自分の生活の中から節分・豆まきというイベントが重要視されていなかったのですが、

皆さんは節分の豆まき、毎年行っていますか?

節分 2014

 

 

節分の意味、由来は?

節分には「季節を分ける」という意味があり、季節が移り替わる節日の事を指しています。

その為、本来ならば立春立夏立秋立冬の各前日が節日となり、1年間に4回の節分があったはずなのですが、

一年の始まりとなる立春が最も尊いとされた為、いつの日か節分=春の節分とされる様になりました。

 

恵方巻き、豆まきの意味。

節分の時に食べる恵方巻、鬼は外、福は内と豆をまく豆まき、節分ならではのこれらの行いに含まれる意味をご紹介します。

 

 <恵方巻>

節分 恵方巻き

恵方巻は節分に食べると縁起が良いとされる太巻き寿司の事で、節分の夜にその年の恵方(陰陽道において、その年の干支に基づきおめでたいと定められた方角)に向かい、

願い事を思い浮かべながら無言のまま、太巻きを丸かじりするという、主に大阪地方を中心とした習わしでした。

地域によっては目を閉じながら食べるとか、笑いながら食べるというところもある様です。

大阪地方では、恵方巻とは呼ばず、巻き寿司、丸かぶり寿司と呼ぶのが一般的で、恵方巻という呼び方は、

コンビニエンスストアのセブンイレブンが季節商品として、全国発売するにあたって名付けた商品名が広く知られる様になり、恵方巻の呼称が一般的になりました。

 

恵方巻は、七福神に因んで7種類の具材を巻き込むとされており、商売繁盛や無病息災といった福を巻き込むという意味付けになっています。

ただし、これも場所によって言われがいろいろ存在し、具材を鬼と見立てて、「鬼を食べて退治する」という意味や、太巻きを鬼の金棒と見立てて「食べて鬼退治する」という意味が

込められているところもあるそうです。

 

今日では、具材も7種類にこだわらなかったり、海鮮やカツの様に巻かれる具材も多種ある為、厳密な意味合いで作られた恵方巻よりもオリジナリティ溢れる恵方巻の方が、

巷に出回っている様に見受けれらます。実際、寿司ではなく、洋菓子のロールケーキで作られた恵方巻も販売されています。

節分 ロールケーキ

 

 

<豆まき>  

豆まきは、中国の風習が伝わったものという説もありますが、日本国内においては、京都の鞍馬山の鬼が都を荒らすので、毘沙門天のお告げに従い、

炒った大豆で鬼の目を打ちつぶして退治した事で、災いから逃れる事ができたという故事伝説が残っています。

豆を使うのにも意味があり、生命力と魔除けの呪力が備わっている穀物を使用すべきという信仰の意味と、「魔の目(魔目=まめ=豆)」を投げつけて「鬼を滅する(魔滅=まめ)」に通じ、

鬼に豆をぶつける事で、邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという語呂合わせの意味です。

豆まきに使う豆は炒った豆である必要があり、生豆を使い、拾い忘れた豆から芽が出る事を縁起が悪いとする言われの他、「炒る」は「射る」に通じるからという理由や、

鬼や大豆は陰陽五行説(木・火・土・金・水の五行)の「金」にあたる為、この「金」の作用を滅する「火」で大豆を炒ることで、鬼を封じ込むという意味があります。

最近では、落ちた豆も食べられる様にという意味で落花生を撒く家庭も多いそうです。

 

自分の数え年の年齢の個数の豆を食べるという行為は、豆を人間が食べてしまう事で鬼を退治したとする意味に加え、年の数より1つ多く食べる事によって、

体が丈夫になり、風邪をひかないという習わしとしているところがあります。

豆まきは一家の主人あるいは「年男」(その年の干支生まれの人)が豆をまくものでしたが、父親が鬼のお面を被って鬼役となり、家族全員で豆まきを行う様な風景が、

一般的に見られる光景になっている様です。

 

 

節分の習わしで、もう一つあるのが、「イワシの頭を柊の枝に刺して玄関に飾る」というものです。これは「節分イワシ」と呼ばれ、鰯を焼いた時に出る激しい煙と臭いで

邪気を追い払い、柊の針で鬼の眼を刺すという魔よけの意味の飾りですが、今まで節分イワシを飾っているお宅を見たことがありません。

いろいろな風習が現代化されていき、本来の意味から離れていくのも寂しい気がしますが、昔はあった習慣が今はもう廃れてしまったというのも物悲しい気持ちになります。

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